小倉簡易裁判所 昭和45年(ハ)484号 判決
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〔判決理由〕二、そこで原告の右解約申入につき、正当事由の有無を判断する。
<証拠>を綜合すると、次の事実を認めうる。
(一) 原告は、昭和二二年頃から安川電機製作所に勤務し、現在も巻線工として同製作所で働いているが、昭和四二年一一月末頃、精神分裂病となり、宗教的内容の妄想があり、夜眠らず非常識な行動があつたため、同年一二月八日に八幡厚生病院に入院し、昭和四三年二月一九日に同病院を退院したが、間もなく容態が悪化し、同年三月四日に再入院し、同年五月二〇日寛解して退院したが、昭和四四年二月一九日から夜眠らず不安状態となつたので同年三月一日に再々入院し、同年六月一〇日寛解退院した。しかし、原告は、再び昭和四五年八月二七日から夜眠らず、妄想的なことを口走るようになつたので、同年九月一日、右病院に入院して治療を受け、病状寛解して同年一一月一三日退院した。以上のとおり、原告は、昭和四二年一一月末頃、精神分裂病となつてから入、退院を繰返しており、病状寛解して退院した時は、精神安定剤を服用しながら通勤しているが、欠勤が多く、今後も週期的に病状が悪化するおそれがあり、そのため失職の危険もあるが、なによりも原告自身が会社勤めを嫌がつており、原告の妻および義母は、原告を勤めに送り出すのにいつも苦労している有様であり、勤めを嫌がる精神分裂病の原告を無理に送り出すことを情においで忍びなく思つており、原告が今後働いて収入をうることを家族において期待することは、その病状からして無理な状態である。
(二) 原告の家族は、妻と二児ならびに原告の義母(昭和四五年四月当時六八才)の五人家族であり、その生活は、原告の給料と一月金五万九、〇〇〇円(原告所有の本件家屋の家賃を含む)程度の家賃収入によつて賄われているが、原告は、昭和四二年により昭和五一年まで相続税を分納することとなつており、その分納額は、昭和四二年度のそれを約金二二万五、〇〇〇円としてその後毎年約金一万円づつ減額した額であり、昭和四五年度は約金一九万五、〇〇〇円の相続税を支払い、その他に昭和四五年度の固定資産税として約金一一万円前後を支払つているため、家賃より右各税金を控除すれば残家賃収入は年間約金四〇万円であり、将来原告が働くことを殆ど期待しえない状態からすると、原告の家族の収入は右家賃収入のみとなる蓋然性が高いところ、年間右約金四〇万円程度の実収入では到底生活しえない状況にある。
(三) 原告の右病状、経済状態からして、原告の妻は、今後の原告一家の生活のために、原告の義母と共に原告の看病のかたわら本件家屋でジュース・うどん類等の販売の小さな軽食堂を営む計画を持つており、そのために本件家屋を是非必要としている。尤も、原告は、本件家屋の外、本件家屋の南側に隣接して建つている古森アパートならびにさらにその南側に位置している原告方家屋をいずれも所有しているけれども、右古森アパートは道路に面しておらず、また原告方家屋の南側は東西に通ずる道路に面しているが、右道路に面している原告方家屋の南側約四坪は、横尾酒店に賃貸しており、仮に原告において横尾酒店より右賃貸している家屋部分の返還を受けても、右家屋部分の面している道路は、本件家屋に隣接するスーパー・ダイエーの表入口が本件家屋の面している東西に通ずる道路に面しているのに反し、スーパー・ダイエーの裏となつており、裏からは客の出入りするスーパー・ダイエーの入口がないため人通りも少ないのので、右家屋部分で軽食堂を営むことは不適であり、スーパー・ダイエーの入口が面している道路に面する本件家屋の方が軽食堂経営に適している。なお、本件家屋は、住家であつて、現況のままで軽食堂を営みえないが、原告の妻としては、少規模の改造により小さな飲食店を開く心算であり、その上は、スーパー・ダイエー内に飲食店がないことから、同店の買物客を目当てに原告一家が生活しうる程度の収益を期待して充分採算がとれるものと予想される。
(四) 一方、被告は、昭和二四年以来本件家屋を賃借し、爾来本件家屋を生活の本拠として今日に至つたものであり、本件家屋より東側約二〇〇米の地点に近代的な洋傘専門店を出しており、本件家屋を被告夫婦ならびに店員一名の店宅として、また右店舗の倉庫代用として使用し、本件家屋を長期借受けられるものと信じて、入居後ガス水道の設備も自から施した外、畳建具の取替え、天井、壁等の建物内部の改造もなしたものである。
(五) 被告が出している右洋傘店の一階部分は、被告の息子の嫁の父から借りているものであるが、その二階部分は被告の所有で、六畳と四畳半からなり、結婚後夫と別居している被告の娘が使用しており、外に北九州市八幡区幸の神に被告所有の八畳、三畳、二畳の間からなる家屋があるが、その家屋には被告の二女の家族が住んでおり、右以外に被告所有の家屋はない。尤も、被告は、北九州市八幡区京良城に登記簿上は山林であるが、実際は宅地になつている更地約二〇〇坪位の土地を有しており、被告の洋傘店から車で一〇分位の距離にあり、資金の都合がつけば右土地上に家を建てる積りでいる。しかし、未だ他に転居しうる家屋を有してないため、被告は、本件家屋を生活の本拠として必要としている。
右認定に反する証人富沢正夫の証言は採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の前項(一)ないし(三)の原告の本件家屋の明渡を必要とする事情と、前項(二)、(三)の被告の本件家屋を必要とする事情とを比較考量すれば、原告の本件家屋明渡の必要性の方が大きいというべきであるから、被告に対してなした原告の本件家屋賃貸借契約解約の申入は、正当事由を具備していたものというべきである。
三、したがつて、本件家屋賃貸借契約は、その解約の意思表示が被告に到達した昭和四五年六月九日より六ケ月間を経過した同年一二月九日限り終了したものというべく、被告に対し、本件家屋の明渡を求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訴法第八九条を適用し、なお仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。
(寒竹剛)